はじめに
スクワットやベンチプレスなどのウェイトトレーニングは、筋力・筋肥大・競技力向上を目指す多くのトレーニーにとって不可欠な手段です。特に「最大筋力(1RM)」の向上は、筋力トレーニングの成果を測る最も直接的な指標とされ、競技者だけでなく一般トレーニーにも重要な意味を持ちます。
しかし、トレーニング効果を最大化するには、単に重量を増やすだけでは不十分です。近年では、**個人の体調や疲労度に応じてトレーニング負荷を調整する「オートレギュレート型レジスタンストレーニング(ART)」**が注目されており、従来の固定負荷型トレーニング(PBRT)に比べて高い効果を示すことが報告されています。
本記事では、2025年に発表された系統的レビューとネットワークメタ分析の結果をもとに、ARTの具体的な手法とその効果、スクワット・ベンチプレスにおける実践的な応用方法について解説します。
オートレギュレート型レジスタンストレーニング(ART)とは?
✅ 定義と背景
「オートレギュレート(Autoregulate)」とは、「自己調整する」という意味です。ARTは、トレーニング中にその日の体調、疲労度、筋力レベルに応じて負荷や回数をリアルタイムで調整するトレーニング法です。
従来のPBRT(Percentage-Based Resistance Training)は、1RMの一定割合(例:80%)で負荷を設定しますが、これは日々のコンディション変動を考慮できません。ARTはこの問題を解決するために開発され、以下の3つの主要な手法があります:
🔹 1. APRE(Autoregulating Progressive Resistance Exercise)
APRE(Autoregulating Progressive Resistance Exercise)は、その日の自分の筋力や疲労度に応じてトレーニングの重量を調整する方法です。固定された負荷ではなく、実際に挙げられた回数に応じて次のセットや次回のトレーニングの重量を変えるという、非常に実践的かつ柔軟なトレーニング法です。
APREは、通常以下のような4セット構成で行われます:
セット | 内容 | 目的 |
第1セット | 軽めの重量(例:50% 1RM)で10回 | ウォーミングアップ |
第2セット | 中程度の重量(例:75% 1RM)で6回 | 筋力刺激の導入 |
第3セット | やや高重量(例:85% 1RM)で限界まで | 実力測定 |
第4セット | 第3セットの結果に応じて重量調整 | 最適な刺激を与える |
🔄 重量調整のルール(例:10RM法)
- 第3セットで目標より多くできた → 第4セットは重量を増やす
- 第3セットで目標より少なかった → 第4セットは重量を減らす
- 次回のトレーニングでは、第3セットの結果をもとに初期重量を調整
🔹 2. VBRT(Velocity-Based Resistance Training)
VBRT(Velocity-Based Resistance Training)は、バーベルやダンベルを挙げる「速度」をリアルタイムで測定し、その速度に応じてトレーニングの重量や回数を調整する方法です。筋力や疲労の状態は、挙上速度に強く反映されるため、VBRTは客観的かつ動的にトレーニング強度を最適化できる点で注目されています。
VBRTでトレーニングを行うためには動画などをもとに動作解析を行う必要がある点に注意が必要です。
- バーベルの挙上速度を測定し、速度に応じて負荷を調整。
- 速度が遅くなれば疲労が蓄積していると判断し、次セットの重量を軽くする。
- 神経筋適応を促進し、過度な疲労を防ぐ。
VBRTでは、以下のような要素を用いてトレーニングを設計・管理します:
🔹 1. 挙上速度(Barbell Velocity)
- 例:0.8 m/s → 素早く挙げられている → 余裕あり
- 例:0.3 m/s → 挙上が遅い → 疲労が蓄積している
🔹 2. 速度閾値(Velocity Threshold)
- トレーニング開始時に設定された目標速度(例:0.5 m/s)を下回ったら、そのセットを終了
- これにより、過度な疲労を防ぎ、常に高品質な刺激を維持できる
🔹 3. 速度損失(Velocity Loss)
- セット内での速度低下率(例:開始時0.6 m/s → 終了時0.4 m/s → 33%損失)
- 一定の損失率(例:20〜40%)を超えたら、セットを終了
🔹 3. RPE(Rating of Perceived Exertion)
RPE(Rating of Perceived Exertion)は、トレーニング中の「主観的なキツさ(努力感)」を数値で表し、それに応じて負荷や回数を調整する方法です。簡単に言えば、「あと何回できそうか?」という感覚をもとに、トレーニングの強度をコントロールします
- 主観的な努力感に基づいて負荷を調整。
- 目安:セット数、重量を決めたら、各セットであと2回できそうなレップ数まで運動を行う
- 自分の感覚をもとに負荷を調整することで、オーバートレーニングや刺激不足を防ぎ、最適な強度を維持しやすい
- 器具不要で簡便だが、主観的誤差の影響を受けやすい。
オートレギュレート型レジスタンストレーニングは効果的だったのか⁉:研究の内容を分かりやすく解説‼
ネットワークメタ分析とは?
この研究では、複数のトレーニング法(APRE、VBRT、RPE、PBRT)を同時に比較するために「ネットワークメタ分析(NMA)」という統計手法が用いられました。
従来のメタ分析は「A vs B」のような2群間比較しかできませんが、NMAでは「A vs B」「B vs C」から「A vs C」の効果を間接的に推定できます。これにより、複数の介入を同時に評価し、効果の順位付け(SUCRA)まで可能になります。
研究の概要と対象
- 対象:19本のRCT(ランダム化比較試験)、438名(年齢10〜30歳)
- 介入期間:6~8週間
- トレーニング頻度:週2〜3回
- 評価指標:ベンチプレス1RM、スクワット1RM
- 比較:ART(APRE、VBRT、RPE) vs PBRT
*介入前後の1RM(最大重量)の変化量を比較
主な研究結果:最大筋力への影響
🏋️♂️ スクワットにおけるオートレギュレート型レジスタンストレーニングの効果
スクワット1RM(最大重量の比較)
比較 | 効果量(SMD) | 備考 |
APRE vs PBRT | -0.55 | 有意にAPREが優位 |
VBRT vs APRE | -0.44 | VBRTよりAPREが優位 |
RPE vs PBRT | +0.45 | RPEがやや優位 |
SUCRAランキング(効果の順位確率):
- APRE:93.0%
- RPE:66.8%
- VBRT:27.0%
- PBRT:13.2%
🏋️♀️ ベンチプレスにおけるオートレギュレート型レジスタンストレーニングの効果
ベンチプレス1RM(最大重量)
比較 | 効果量(SMD) | 備考 |
APRE vs PBRT | -0.83 | 大きな効果差でAPREが優位 |
RPE vs APRE | -0.76 | 中程度の差でAPREが優位 |
VBRT vs PBRT | +0.35 | VBRTがやや優位 |
SUCRAランキング:
- APRE:97.1%
- VBRT:57.1%
- RPE:29.9%
- PBRT:15.9%
なぜAPREが最も効果的なのか?
スクワット、ベンチプレスともにARPEが最も効果的なトレーニング方法となることが分かりました。その理由には以下のことが関与していることが考えられます。
✅ 個別化された負荷調整
- 第3セットの反復回数に応じて第4セットの重量を調整することで、その日の筋力に最適な刺激を与えられる。
✅ 疲労と刺激のバランス
- 限界まで行うセットを基準にするため、過度な疲労を避けつつ、十分な負荷を確保できる。
✅ 実施が容易
- 特別な器具や測定機器が不要で、現場での導入がしやすい。
実践的なトレーニング設計:スクワット・ベンチプレス編
🔹 APREを用いたスクワット例(週2回)
セット | 負荷 | 回数 | 備考 |
1セット目 | 50%1RM | 10回 | ウォーミングアップ |
2セット目 | 75%1RM | 6回 | |
3セット目 | 85%1RM | 限界まで | 回数記録 |
4セット目 | 調整 | 6回 | 第3セットの回数に応じて重量調整 |
🔹 ベンチプレス例(週2回)
- 同様にAPRE方式を適用
- 第3セットで10回以上できたら、次回は+2.5〜5kg
- 8回未満なら、次回は-2.5〜5kg
よくある疑問とその解消
疑問 | |
ARTは初心者でも使える? | ARPEは簡便で初心者でも適用可能。 VBRTは中上級者向け。 |
RPEは主観的すぎないか? | 経験を積めば精度は向上するが、誤差は残る。補助的に使うのが理想。 |
PBRTはもう使えない? | 一定の効果はあるが、個別化が難しく、疲労管理に弱い。ARTの方が柔軟性に優れる。 |
おわりに
今回紹介した研究は、最大筋力向上におけるトレーニング法の効果を、科学的かつ網羅的に比較した非常に価値の高い論文です。特に、APREの優位性はスクワット・ベンチプレスの優位性を、ベンチプレス・スクワットという代表的な種目を通じて明確に示しました。特にAPREは、器具不要で導入しやすく、かつ科学的にも最大筋力向上に最も効果的であることが、今回のネットワークメタ分析によって裏付けられています。
また、VBRTやRPEといった他のオートレギュレート型トレーニングも、従来のPBRTよりも高い効果を示しており、「個別化された負荷調整」こそが現代のトレーニング設計において不可欠な要素であることが分かります。
実践に向けたアドバイス
✅ PBRTは、基礎的な負荷設定の参考として活用しつつ、ARTで微調整するのが理想。
✅ 初心者〜中級者には、APRE方式の導入が最も現実的かつ効果的。
✅ 中〜上級者には、VBRTによる速度管理やRPEによる主観的調整を組み合わせることで、疲労管理と刺激の最適化が可能。
参考文献
Zijing Huang, et al. : Autoregulated resistance training for maximal strength enhancement: A systematic review and network meta-analysis (2025)
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