はじめに
筋トレに取り組む人々にとって、「筋肥大」と「筋力向上」は最も重要な成果の一つです。その達成には、適切なトレーニングだけでなく、栄養戦略、特にタンパク質摂取が不可欠です。しかし、タンパク質の摂取量やタイミング、サプリメントの有効性については、情報が錯綜しており、何が本当に効果的なのかを判断するのは容易ではありません。
今回紹介するMortonらによる系統的レビュー・メタ分析・メタ回帰(2017)は、49本のランダム化比較試験(RCT)、1863名の被験者を対象に、タンパク質補給がレジスタンストレーニング(RET)による筋肥大と筋力向上に与える影響を包括的に検証した、現時点で最も信頼性の高い研究の一つです。
本記事では、この論文の知見をもとに、トレーニングに取り組む人々が実践できる「科学的に裏付けられたタンパク質戦略」を解説します。
この論文の優れている点
Mortonらの研究は、過去の類似研究と比較して以下の点で優れています:
- ✅ 研究対象数が圧倒的に多い(49本のRCT、1863名)
- ✅ 年齢、トレーニング歴、摂取量、タンパク質源などの影響をメタ回帰で詳細に分析
- ✅ タンパク質摂取量の「上限点(plateau)」を定量的に特定(1.6 g/kg/日)
- ✅ 筋力(1RM)、除脂肪体重、筋繊維断面積など複数のアウトカムを網羅
これにより、単なる「タンパク質は大事」という一般論ではなく、どのような条件で、どれくらい摂取すれば、どのような効果が得られるのかを明確に示しています。
主な研究結果のまとめ
対象、評価項目などの研究方法について
この系統的レビュー・メタ分析では、49本のランダム化比較試験(RCT)が対象となりました:
✅ 対象
- 健康な成人
- 男女両方を含む
- トレーニング経験者と未経験者の両方を含む
- エネルギー制限をしていない状態
✅ 介入
- **6週間以上のレジスタンストレーニング**を実施
- タンパク質サプリメントを摂取(ホエイ、カゼイン、ソイ、食材ベースなど)
- 摂取量は1日4〜106g(平均36±30g/日)
✅ 比較
- 同様のレジスタンストレーニングを実施しながら、**タンパク質を摂取した群とタンパク質を摂取しない群(またはプラセボ群)**との比較
- すべての研究で、介入前後の変化量(筋力・筋量など)を比較
✅ 評価項目
- 筋力(1RM、最大発揮筋力)
- 体組成(除脂肪体重、体脂肪量、総体重)
- 筋サイズ(筋繊維断面積)
このような構造のもとで、タンパク質補給がレジスタンストレーニングによる筋力・筋肥大に与える影響を定量的に評価したのが本研究です。以下に、主要な結果をまとめます。
主な研究結果
1. 筋力(1RM)への影響(6週間のタンパク質補給)
- タンパク質補給により、1RMが平均2.49kg向上
- 特にトレーニング経験者では+4.27kgと効果が大きい
- 未経験者では効果は限定的(+0.99kg、p=0.12)
2. 筋肥大への影響
- 除脂肪体重が平均+0.30kg増加
- 若年者(<45歳)では+0.55kg、高齢者(>45歳)では+0.06kgと差が顕著
- トレーニング経験者では+0.75kgの増加
3. 筋繊維断面積(CSA)
- 筋繊維CSA:+310μm²
- 大腿部CSA:+7.2mm²
- 筋肉の「見た目の厚み」にも有意な影響
4. 体脂肪量(FM)
- 平均-0.41kgの減少
- 筋肥大と同時に体脂肪の減少も期待できる
タンパク質摂取量の最適化:1.6 g/kg/日が上限
本研究の最大の貢献は、タンパク質摂取量と筋肥大の関係に「上限点」が存在することを定量的に示した点です。
- 1.6 g/kg/日を超える摂取では、筋肥大効果は頭打ち(plateau)
- これは、筋タンパク合成が飽和する生理学的メカニズムと一致
- 例えば体重70kgの人なら、1日112gのタンパク質が上限目安
実践的なタンパク質戦略
✅ 1日の摂取量
- 目安:1.6 g/kg/日
- 体重70kg → 約112g/日
- 食事+サプリメントで達成可能(例:鶏むね肉100g ≒ 22g、プロテイン1杯 ≒ 20〜25g)
✅ タイミング
- トレーニング後30〜60分以内の摂取が効果的
- ただし、総摂取量の方がタイミングより重要
✅ タンパク質源
タンパク質源 | 吸収速度 | 実証された効果 |
ホエイ | 速い | 筋肥大・筋力向上に最も効果的 |
ガゼイン | 遅い | 就寝前の摂取に有効 |
ソイ | 中程度 | 植物性でも効果あり |
食材(肉・魚・卵) | 多様 | 栄養バランスに優れる |
✅年齢・トレーニング歴による違い
属性 | 筋肥大効果 | 解釈 |
若年者(<45歳) | 高い | ホルモン環境・回復力が有利 |
高齢者(>45歳) | 低い | サルコペニア対策として有効 |
トレーニング経験者 | 高い | 筋合成感受性が高く、反応性が良い |
未経験者 | 限定的 | トレーニング刺激自体が主要因となる |
✅よくある誤解とその修正
誤解 | 修正すべき理解 |
タンパク質は多ければ多いほど良い | 1.6g/kg/日を超えても効果は頭打ち |
サプリメントは必須 | 食事で十分に摂取できれば不要 |
トレ後すぐ飲まないと意味がない | タイミングより総量が重要 |
高齢者には効果がない | 効果はあるが若年者より小さい。継続が鍵 |
おわりに
Mortonらの研究は、筋トレとタンパク質補給の関係を科学的に明確化した、非常に価値の高い論文です。特に「摂取量の上限」「年齢・経験による違い」「筋力・筋肥大への具体的な効果」など、トレーニング現場で即活用できる知見が豊富です。
トレーニングに取り組むすべての人にとって、**「どれだけ摂るか」「いつ摂るか」「何を摂るか」**を理解することは、成果を最大化するための鍵となります。今後は、AIやセンサー技術を活用した栄養管理や、個別化された摂取戦略がさらに進化することで、より精緻なトレーニングが可能になるでしょう。
参考文献
Robert W Morton, et al. : A systematic review, meta-analysis and meta-regression of the effect of protein supplementation on resistance training-induced gains in muscle mass and strength in healthy adults (2017)
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