はじめに:RSA(Repeated Sprint Ability)はバスケに不可欠な能力
バスケットボールは、短時間のスプリント・ジャンプ・方向転換を何度も繰り返すスポーツです。試合中、選手はたった数秒の間に全力でコートを駆け抜け、瞬間的なディフェンス対応や速攻に備えます。こうした断続的な高強度の動きに対する**「持続的な爆発力」**を支えるのが、Repeated-Sprint Ability(以下、RSA)です。
RSAとは、「10秒未満の全力スプリントを、60秒以内の短い休憩を挟みながら何度も繰り返す能力」を指します。サッカーやラグビーなどでも重要視される能力ですが、バスケのような接触・反復系スポーツにおいても、RSAの高さが競技力の差につながります。
この記事では、RSAとは何か、なぜバスケ選手にとって重要なのか、そしてRSAを向上させるための実践的なトレーニング方法までを網羅的に解説します。
RSAが必要とされる理由:バスケ動作の特性と一致
バスケットボールのプレーは、次のような要素を含んでいます:
- 5〜8秒の全力スプリント(ファストブレイクや守備の切り替え)
- 2〜10秒間の回復局面(ポジション調整やセットプレー待機)
- 試合時間中に30〜50回近くのスプリント動作を繰り返す
このような運動構造はまさにRSAの定義と合致します。RSAが高い選手は、スプリントを繰り返しても速度が落ちにくく、試合終盤になっても「走れる」「動ける」「切り返せる」状態が維持できます。
RSAが高い選手は、単に「速い」だけでなく、速さを何度も再現できる能力を持つ選手です。
RSAの「正しい」評価法とは?
🎯 よく使われるRSAテスト例
テスト名 | 方法 | 解説 |
---|---|---|
RSAシャトルラン(例:30m×5本) | 各スプリントのタイムを計測し、平均速度や減速率を算出 | 現場で実施しやすく、競技再現性が高い |
Yo-Yo Intermittent Recovery Test | 徐々に強度が上がるラン→短い休息を繰り返す | RSAと持久力の複合指標として活用可能 |
サイクルエルゴメータRSAテスト | バイクで6秒スプリント ×10本 | 筋酸素飽和度や神経指標の測定にも対応可(研究向け) |
🧮 RSAの主な評価指標と補足
- Mean Sprint Time(平均スプリント時間)
→全体としてどれだけ速さを保てたか。競技力との相関が高い。 - Fatigue Index(疲労指数)と Sprint Decrement(スプリント能力の低下)
→最初と最後のタイム差から「疲労によるパフォーマンス低下率」を示す。
※補足:Fatigue IndexやSprint Decrementだけを見ると、「初速が速すぎる選手」がむしろ低評価になることがあります。平均スプリント速度、初速、加速度、疲労によるパフォーマンス低下率などの複数の評価指標を照らし合わせることが重要です。
RSAを構成する身体機能:5つの領域から考える
RSAは単一の能力ではありません。以下の5つの身体機能が複雑に絡み合い、RSAを支えています。
エネルギー代謝系(ATP供給力)
- ホスファゲン系(PCr):瞬間的な爆発力に関与
- 解糖系:短期のエネルギー補完
- 有酸素系:スプリント間の回復時にPCrを再合成
▶ 有酸素能力(VO₂max)が高い選手は、スプリント間の回復が速く、RSAが向上しやすい。
筋肉内pH調整・回復能力
- 筋バッファ能力:酸性度(H⁺)の蓄積を抑制
- MCT輸送体:乳酸やH⁺を細胞外へ排出し回復促進
▶ 高強度インターバルトレーニングはこれらを改善する。
神経筋制御(筋活動の効率性)
- 運動単位の発火頻度と精度
- 拮抗筋との協調性
- 反応速度・筋収縮速度(RFD)
▶ RFD:筋肉が「どれだけ素早く力を発揮できるか」を示す指標。
筋力・パワー・SSC機能
- スプリント初速や方向転換に直結
- CMJ(カウンタームーブジャンプ)で簡易評価可能
▶ 特にジャンプ力(垂直跳び)はRSAの初動に強く関与する傾向があります。
認知・視覚的適応
- 注意集中力(Quiet Eye)
- 認知疲労への耐性
- 意思決定の反応速度
▶ 疲労下でも判断力が落ちない選手は、RSAパフォーマンスが高く、実戦に強い印象。
RSAを向上させるトレーニング法
RSAは複数の身体機能に支えられているため、単一のトレーニングでは不十分です。複合的に刺激することが大切です。
✅ 推奨トレーニング一覧(エビデンスあり)
トレーニング | 効果対象 | 補足 |
---|---|---|
Repeated-Sprint Training(RST) | 平均速度向上/神経筋刺激 | スプリントを5〜10回繰り返す |
HIIT(80〜90% VO₂max) | PCr再合成/pH調整能力 | 2分間走+1分休息 ×6セットなど |
スプリント+プライオメトリクス | 初速/RFD向上 | ジャンプ系との組み合わせが鍵 |
筋力トレーニング(短レスト) | 筋バッファ能力/酸耐性 | 15〜20回 ×複数セットを休憩30秒以下で実施 |
認知負荷RSAドリル | 注意力/意思決定 | 反応課題を含むRSAテストなど(応用段階) |
中高生向けRSA強化プロトコル例(週2回)
対象:中高生バスケ選手(12〜18歳)
目的:RSA向上とジャンプ・スプリント能力の底上げ
🧭 トレーニングセッション例(約60分)
時間 | 内容 |
---|---|
10分 | ラン+動的ストレッチ(神経系準備) |
5分 | 10mスプリント ×3(フォームチェック+反応トレーニング) |
20分 | メイン:RSAドリル(5×25m sprint:25秒rest)×2セット+CMJジャンプ×5 |
10分 | HIIT:2分@85%走+1分休息 ×4セット |
10分 | クールダウン&静的ストレッチ(回復促進) |
📝 コーチ向け補足ポイント
- CMJジャンプを「スプリント前/後の両方」で測定すると、筋疲労への耐性も推定可能です
- RSAドリルは月単位で負荷を徐々に上げていくことが推奨されます
- RFDやリカバリー速度が目に見えて向上するまでには最低4〜6週間を要します
RSAとジャンプ力・スプリント能力の関係性
研究報告によると、RSAとジャンプ力、30mスプリントタイムは中〜高の相関があります。つまり、ジャンプ力や初速が高い選手ほどRSAが優れている傾向にあります。
ただしこの関係性は完全な因果関係ではなく、神経系・筋力・エネルギー代謝が多重に影響するため、単なる数値にとらわれすぎるのは注意が必要です。
▶ 実際のコートでは、「初速の爆発力」+「スプリントの持続性」+「判断力」が融合した選手こそが「良いRSA」を持つといえます。
RSAをめぐる誤解と注意点
RSAを高めること自体が目的化してしまうケースがありますが、重要なのは競技内でそれがどう活かされるかです。
🧠 例えば、平均スプリント速度だけを追求した結果、初速やアジリティが落ちると、ディフェンスを振り切る能力は低下します。また、疲労への耐性を意識しすぎて爆発力が犠牲になると、試合でのインパクトも薄れます。
つまり、RSAは「単体で評価する」よりも、
- スプリントテスト(初速・30m走)
- ジャンプテスト(垂直跳び)
- アジリティテスト(505 testなど) と複合的に見るべき指標なのです。
▶ 個別の選手プロファイルを見て「弱い部分にピンポイント介入」する戦略が、指導の精度を高めます。
まとめ:RSAは“隠れた競技力”を映す鏡
RSAは、瞬発力と持久力の絶妙なバランスで構成されるフィットネス指標です。特にバスケットボールのように高強度スプリントを繰り返すスポーツでは、RSAが高い選手ほど走れる・止まれる・判断できる「持続可能な爆発力」をもっています。
また、RSAは単なる体力テストではなく、「筋力・神経・代謝・視覚的判断力」が複雑に絡み合ったパフォーマンス指標であり、育成年代において早期に育成する価値のある能力です。
指導者の皆さん、保護者の皆さん——
短距離スプリントだけでなく、「何度でも速く走れる力」、そしてそれを「試合で活かす力」に注目してみてください。RSAの強化は、選手にとって試合中ずっと輝ける身体の設計図になるかもしれません。
参考文献
Olivier Girard, et al. : Repeated-Sprint Ability — Part I: Factors Contributing to Fatigue (2011)
David Bishop, et al. : Repeated-Sprint Ability — Part Ⅱ: Recommendations for Training (2011)
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