日本におけるウイスキーブームの歴史
日本における最初のウイスキーブームの到来(1970年頃~1983年頃)
日本で最初にウイスキーブームが訪れたのは1970年代です。
日本でウイスキーが普及し始めたのは第二次世界大戦後からでした。
それまでの国内酒類市場の大多数は日本酒が中心となっていましたが、戦後の経済発展、ライフスタイルの変化、欧米化などもあり、ウイスキーに注目が集まるようになりました。
高度経済成長期による経済成長によりウイスキーに手を出しやすくなったことと、1971年のウイスキー輸入自由化により1970年代はウイスキーブームがさらに過熱していきます。
その後、1983年にピークを迎えたウイスキーブームは価格の引き上げや酒税の増税、酎ハイブームなどによりウイスキー離れが進み、ウイスキーは冬の時代を迎えました…。
ウイスキーブームの再来‼(2009年頃~)
日本のウイスキーブームの再来には様々なものが関与していますが、代表的なものを紹介します。
ハイボールが流行‼
1983年をピークに急激に縮小してきたウイスキー市場に火をつけたのがハイボールブームです。
そしてハイボールブームの火付け役となったのがサントリーウイスキーでした。
酎ハイなどの低アルコールかつ価格帯の安い飲料が若者の間で人気となっている中で、価格も高く、アルコール度数が高いウイスキーは若者からすると手が出しにくい飲料でした。
そんな若者離れが進むウイスキーを若者にも楽しんでもらうためにサントリーウイスキーが着目した飲み方がハイボールでした。
ソーダで割ることでアルコール度数も低く抑えられ、食中酒としても楽しめるハイボールは若者の間でも徐々に人気となっていきました。
2008年から地道なプロモーションを中心に本格的にハイボールを推し進めたサントリーウイスキーですが、ハイボールブームを加速させるきっかけとなったのが人気タレントを起用したCM戦略でした。
CMでは大人気女優の小雪さんが起用され、一度耳にしたら頭から離れない「ウイスキーが、お好きでしょ」のフレーズがハイボールブームを加速させていきました。
2008年末にハイボールを取り扱う店が1万5千店程度だったのが2009年には約6万店まで増え、若者の間でもハイボールが広く認知されていったのでした。
ハイボールを楽しむ人が増えたことや、ハイボールをきっかけにウイスキーに興味を持つ人が増えたことが日本におけるウイスキーブームを後押しする結果となりました。
NHK連続テレビ小説「マッサン」の影響
ウイスキーブームに影響を与えた出来事の一つにNHK連続テレビ小説「マッサン」の放送があります。
2014年9月から2015年3月まで放送された連続テレビ小説で、ウイスキーに生涯を捧げたニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝、妻のリタの物語がモデルとなっています。
日本のウイスキーの父とも言われる竹鶴政孝のウイスキーに対する情熱や様々な苦悩、日本のウイスキーの歴史を知ることができるドラマとなっていて、多くの人に愛されるドラマとなりました。
また、NHK連続テレビ小説として初の外国人ヒロインとしてシャーロット・ケイト・フォックスが起用されたことでも注目されました。
マッサンによりウイスキーへの興味関心が高まり、ハイボールブームで火がついたウイスキー市場をさらに後押ししました。
ダイエットとの相性の良さ:ウイスキーは糖質0、プリン体少なめ
ダイエットとの相性も良いことがウイスキー人気の一助となっています。
ウイスキーは特に糖質制限との相性がよいアルコール飲料となっています。
ウイスキーは蒸留酒であり、ダイエットの天敵となる糖質は0、プリン体は少なめです。
このことが影響してダイエット時におすすめなアルコール飲料としてウイスキーが紹介されることが増えました。
昨今のダイエット、フィットネスブームとの相性が良さもウイスキーの人気を高めた理由の一つとなったのでした。
新規蒸溜所の増加とウイスキーの市場価値の高まり
ウイスキーブームに後押しされるように新規蒸溜所が次々と立ち上がっています。
日本国内だけでも50ヶ所以上の蒸溜所がウイスキーを手掛けています。
新規蒸溜所ができることで注目もさらに集まり、ウイスキーブームがさらに過熱していきます。
また、世界的にみてジャパニーズウイスキーの評価が高いことも日本におけるウイスキーブームを後押ししている一因となっています。
世界的な品評会でも数多くの受賞を得ているジャパニーズウイスキーが世界中から大注目されています。
しかしながら、過去の冬の時代のために熟成されたウイスキーの原料が不足しており、需要と供給のバランスが崩れ、価格が高騰しています。
この価格の上昇もウイスキーに注目が集まる一因となり、ウイスキーブームはますます過熱しています。
コメント