はじめに
トレーニングの世界では、「高強度の運動を行った直後にパフォーマンスが向上する」という現象が古くから知られてきました。これまで「Post-Activation Potentiation(PAP)」と呼ばれてきたこの現象は、近年「Post-Activation Performance Enhancement(PAPE)」という新たな概念として再定義されつつあります。
本記事では、ベンチプレスにおけるPAPE効果を検証した2021年に発表されたレビュー論文をもとに、実践的なトレーニングへの応用方法について解説します。
PAPとPAPEの違いとは?
🔬 PAP(Post-Activation Potentiation)
PAPは、筋肉に電気刺激を加えた際に、単収縮(twitch)の力発揮が一時的に増強される現象です。主にミオシン軽鎖のリン酸化によってカルシウム感受性が高まり、筋収縮力が増加します。PAPはタイプII線維(速筋)で顕著に現れ、効果は数十秒〜数分以内に消失します。
- 評価方法:電気刺激による単収縮測定(研究室レベル)
- 応用範囲:主に基礎研究
🚀 PAPE(Post-Activation Performance Enhancement)
PAPEは、随意的な高強度筋収縮(例:スクワットやベンチプレス)を行った後に、ジャンプ、スプリント、投擲などのパフォーマンスが一時的に向上する現象です。筋温上昇、神経系の活性化、筋内水分量の増加など、複合的な要因によって生じます。
- 評価方法:実際のパフォーマンステスト(ジャンプ高、スロー距離など)
- 応用範囲:競技現場、トレーニング指導
ベンチプレスにおけるPAPEの検証
📘 Krzysztofik et al. (2021)
この研究では、ベンチプレススロー(BPT)におけるPAPE効果を検証するため、11本の研究(計174名)を対象にメタ分析を実施しました。
✅ 主な結果
- 全体の効果量(Effect Size):0.33(小さいが有意)
- 最も効果的な条件付け活動(CA):60–84% 1RMの中強度ベンチプレス
- 最適な休息時間:5〜7分
- セット数:単一セットの方が効果的
PAPEを活用したトレーニング戦略
1. 条件付け活動(CA)の強度設定
PAPE効果を最大化するためには、60〜84% 1RMの中強度でのベンチプレスが最も効果的です。高強度(≥85%)では疲労が先行し、効果が減少する可能性があります。
2. セット数と休息時間
- セット数:単一セットが最も効果的。複数セットでは疲労が蓄積しやすい。
- 休息時間:CA後5〜7分が最適。短すぎると疲労が残り、長すぎると筋温や神経活性が低下する。
3. 種目選択と実用性
- ベンチプレススロー(BPT):上肢の爆発的出力を高めるバリスティック種目。
- プッシュアップジャンプやメディシンボールスロー:器具不要で実用性が高く、ウォームアップにも適している。
実践例:競技前のPAPE活用プロトコル
注意点と個別化の重要性
- 筋力レベルによる違い:高筋力者(BP ≥ 1.35×体重)は高強度CAでも効果が出やすい。
- 性別・トレーニング歴:女性や初心者ではPAPE効果が出にくい可能性がある。
- 疲労管理:CAの強度・セット数・休息時間は個別に調整すべき。
おわりに
PAPEは、競技現場やトレーニング指導において、即時的なパフォーマンス向上を狙うための強力なツールです。ベンチプレススローのようなバリスティック種目においては、適切な条件付け活動を設計することで、爆発的筋力やパワーを引き出すことが可能です。
PAPとの違いを理解し、科学的根拠に基づいたトレーニング戦略を構築することで、選手のパフォーマンスを最大限に引き出すことができます。今後は、AIやセンサー技術を活用したリアルタイム評価や、個別化されたPAPEプロトコルの開発がさらに進むことで、より精緻なトレーニングが可能になるでしょう。
参考文献
Michal Krzysztofik, et al. : Post-activation Performance Enhancement in the Bench Press Throw : A Systematic Review and Meta-Analysis(2021)
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