はじめに
人が行う行為は生きていくために必要な活動とより良く過ごすために行う活動の二つに大別できます。
例えば、食事を摂取することは人が生命活動を継続するために必要不可欠な行為であることは言うまでもないことだと思います。
一方で、音楽を聴くことやお酒を飲むことはどうでしょうか?
音楽を聴くことやお酒を飲むことは食事をすることと違って生命活動の維持に直接的にかかわるものではありません。
では、音楽を聴くことやお酒を飲むことは人間の生活の中で不要なものなのでしょうか?
結論は「音楽もお酒も人の生活を考えると必要のもの」です。
昔から人間の社会生活は様々なストレスで満ち溢れていました。
他者との関係、仕事、紛争などなど…
お酒や音楽はこの人間の社会生活の中で生じてくる様々なストレスや不安から一時的にでも解き放ってくれる緩衝材としての作用もありました。
また、精神的な安定としてのお酒と音楽だけではなく、お酒の味を楽しむ、音楽の音色を楽しむといった美的感性の作用もありました。
このようにお酒と音楽は人間の社会生活において、人が人らしく生活を送るためのピースとして重要な役割を担っていました。
この社会生活を送るうえで重要な役割を担っている音楽とお酒は昔から密接な関係にありました。
例えば、昔から現在まで続く祭りはその最たる例です。
祭りのにぎやかな音楽とともにお酒を飲み交わすといつもより数段美味しく感じるなんてことを経験したことがある人も多いと思います。
また、お祭りだけでなく、オシャレなラウンジでオシャレなジャズなどを聴きながらお酒を味わうといつもよりもお酒が美味しく感じたという経験をした人も多いと思います。
これらのことから、皆さんも音楽はお酒の味わいを一段上げる効果があることは何となく理解されていたと思います。
しかし、音楽がお酒のそのものの味わいや飲み手の味覚に実際に影響を与えることはご存知でしたでしょうか?
近年では音楽がお酒の味わいに及ぼす影響についての研究も少しずつ進んできています。
そこで今回は音楽がお酒の味わいに及ぼす影響を複数の論文の情報をもとに解説し、科学的視点からお酒に合う音楽について解説していきます。
音楽がお酒の味わいに与える影響
音楽がお酒の味わいに与える影響は「お酒そのものの味に及ぼす影響」と「飲み手が感じる味への影響」の2種類に分けることができます。
この2種類をそれぞれ解説していきます。
音楽がお酒そのものの味に与える影響
まずは音楽がお酒そのものの味に与える影響について解説します。
このことを解説する前に音が伝わる仕組みについて簡単に解説します。
音の正体は振動だということはご存知でしたでしょうか?
人の声も太鼓の音も音楽も、音を出す物体が振動を起こし、これが空気に伝わり、空気のふるえとなって耳に届き、音として感知されているのです。
音楽を使ってお酒の味わいに変化をもたらすときにも、音楽のもとになる振動を利用して変化を与えているのです。
ただ、人間の場合、耳といった音を感知するために重要な器官が備わっているため振動を音として感知することができますが、お酒には耳がありません。
なので、トランスデューサーを用いて音楽を振動エネルギーに変換してお酒の味を変化させることになります。
これは、音楽の持っている波長(ゆらぎ)を利用することで味の変化を引き起こすことを目的としています。
この音楽が持っている波長による振動刺激により、お酒の熟成が促され、お酒特有のツーンとしたアルコール感が弱まり味わい深くなることなどがメリットとしてあります。
実際にワインを対象にした研究では、ワイン醸造用音楽の「ワインの子守歌」を使用してワインを醸造すると、香りが高く芳醇な味わいになり、のどごしがすっきりとしたワインとなることが報告されました。
また、音楽を使用した方が酵母の活動も活発になったことも報告されています。
このように、音楽が持つ性質を利用することでお酒の味に変化が起こることが徐々に分かってきています。
今回紹介したのは研究のほんの一部でしかありませんが、今後さらなる研究が進み、酒類ごとのベストソングが分かったりしたら楽しいなと思うので、さらなる研究の発展が楽しみです。
音楽が飲み手が感じる味覚に及ぼす影響
続いて、音楽を聴くことで起こる味覚への影響についてです。
音楽が人の感情を動かすことができるということは皆さんご存知かと思います。
この感情の変化が味覚に影響を及ぼすということはご存知でしたでしょうか?
複数の研究により様々なジャンルの音楽を聴くことで、実際に味の感じ方が変化したことが報告されています。
例えば、自分が好きな音楽を聴いている時は甘い味をより強く感じるようになったり、騒音などによりストレスを感じているときは甘い味を感じにくくなることが報告されています。
また、リラックスできるクラシックやジャズを聴くと甘い味を感じやすくなることも報告されており、リラックスできるような音楽を聴くことで甘い味が感じやすくなることが明らかになっています。
しかし、リラックスしすぎると甘い味も感じにくくなるようです。
1/fゆらぎ*を持った音源(小川のせせらぎ、虫の鳴き声など)を聴くことでストレスが軽減されることは以前から周知されていました。
*1/fゆらぎとは,自然の風や小川のせせらぎのように,断片的な強弱や大小が微妙に異なりながらも,連続した全体としては一つの流れにある状態をいい,このゆらぎが人間には心地よさとなって伝わりストレスを軽減するとされている
リラックスすることで甘みを感じやすくなるのであれば1/fゆらぎをもった音源を聴けば、甘さも感じやすくなることが考えられますが、実際にはリラックスし過ぎてしまい、覚醒が低下することで甘さを感じにくくなることが報告されました。
以上の報告を考慮すると、ウイスキーのような口の中に広がる甘い余韻を楽しむようなお酒を飲む場合、自分好みのリラックスできる音楽を聴きながら飲むとより一層甘い余韻を楽しむことができることが考えられます。
バーやラウンジで落ち着いたクラシックやジャズを聴きながらお酒を飲むとより一層美味しく感じるのにはこのようなことも影響していることが考えられました。
また、最近の研究では甘い音色や歌詞といった甘さをイメージして作られた音楽を聴くと実際に甘さも感じやすくなることが報告されています。
以上のことをまとめると、聴いている音楽により実際の味の感じ方は変化することが考えられ、特に甘味については音楽により適度にリラックスすることで強く甘さを感じることができることが分かりました。
音楽が味覚に及ぼす影響を調べた研究はまだそこまで多くなく、甘味以外の味覚に対する影響については今後さらに研究進むことで明らかになってくることが考えられます。
単純な味覚刺激が脳の中で他の情報をもとに修飾されて最終的な「味」として解釈されるということ考慮すると、甘さ以外の味覚についても音楽により何かしらの影響は受けそうにも思えますが…
美味しくお酒を楽しむための音楽を考える
これまでに解説した内容を考慮すると以下のようになります。
- 自分の好きな音楽(自分がリラックスできるから)
- 騒音や自分が嫌いな曲などのストレスとなる材料がない
- ジャズやクラシックのような適度にリラックスできる音楽が良い
- 川のせせらぎのような1/fゆらぎを持った音源の場合、リラックスしすぎて覚醒が低下し、味の感受性が下がる可能性があるので注意が必要
特にウイスキーやブランデーのように甘さを楽しむお酒の場合はこれらの項目が良くあてはまります。
こうやって書いてみると、お酒にリラックスできる音楽を合わせるといった普段から行っていたありきたりな内容にも思えますが、このありきたりな内容も科学的な裏付けがあることを知ることが大切だと思います。
参考資料
- 渡辺茂夫:音楽と飲酒行動
- 小松明:音楽振動の酒類への利用
- 山崎晃男:音楽と感情についての心理学的研究.The Human Science Research Bulletin No.8, 221-232, 2009
- 加藤みわ子他:音楽の聴取が味覚の感受性に及ぼす影響.心身医 Vol.60 No.2 ,2020
- 草野寿之他:聴覚刺激が味覚機能に及ぼす影響-甘味と塩味について-. 顎機能誌 19 145-156, 2013
- Qian Wang,et al.: What’s Your Taste in Music? A Comparison of the Effectiveness of Various Soundscapes in Evoking Specific. i-Perception 6(6),1-23 ,2015
など
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