はじめに
筋肥大や筋力向上を目的としたトレーニングにおいて、「1セッションで複数の筋群を鍛えるべきか、それとも1筋群に集中すべきか?」という問いは、トレーニーからアスリート、指導者まで幅広く関心を集めるテーマです。時間効率、回復、ボリューム管理、神経適応など、複数の要因が絡み合うこの問題に対して、近年の研究は重要な示唆を与えています。
本稿では、トレーニング構成に関する3本の論文をもとに、トレーニング構成の違いが筋肥大・筋力向上に与える影響を科学的に検証し、実践的な指針を提示します。
- Flayyih et al. (2025):単一 vs. 二筋群トレーニングの比較実験
- Iversen et al. (2021):時間効率を重視したトレーニング構成のレビュー
- Damas et al. (2017):筋損傷と筋タンパク合成の時間的関係
単一筋群 vs 複数筋群:単一筋筋群のトレーニングの優位性
Flayyihら(2025)は、12週間にわたり、1セッションで1筋群のみを鍛える群(単一筋群群)と、1セッションで複数筋群を鍛える群(複数筋群群)を比較しました。対象はイラクのボディビル連盟に所属するトレーニー44名で、胸囲・上腕周囲・前腕周囲の変化を評価しました。
結果は以下の通りです:
| 測定部位 | 単一筋群群 | 複数筋群群 | 差分 |
| 胸囲 | +4.6cm | +1.8cm | +2.8cm |
| 上腕周囲 | +4.0cm | +2.2cm | +1.8cm |
| 前腕周囲 | +5.8cm | +2.4cm | +3.4cm |
すべての部位で、単一筋群群が有意に大きな筋肥大を示しました。特に前腕では5.8cmの増加が見られ、局所的な刺激に対する反応性が高いことが示唆されます。
この結果は、1セッションで1筋群に集中することで、ボリューム・強度・集中力を最大化できるという理論と一致します。
時間効率と構成の最適とは⁉
Iversenら(2021)は、「時間がない人でも効果的に筋肥大・筋力向上を達成する方法」をテーマに、トレーニング構成の最適化をレビューしました。
主な提言:
- 頻度よりも週あたりの総ボリュームが重要:週1回でも週3回でも、総セット数が同じなら効果は同等。
- 多関節種目を優先:複数筋群を同時に刺激に刺激できる。トレーニング時間を短縮できる。高負荷を扱いやすく、筋力向上に直結しやすい。刺激が分散し、筋群ごとの刺激量が減る。
- スーパーセットやドロップセットで時間短縮をねらう:筋肥大には有効だが、筋力向上にはやや劣る。
- 最低限の推奨ボリューム:週4セット/筋群以上(6–15RM)で有意な効果。
このレビューは、「複数筋群を同時に鍛える構成は時間効率が高いが、筋群ごとの刺激量が減る可能性がある」ことを示唆しています。
筋損傷と筋肥大の時間的関係
Damasら(2017)は、筋肥大の生理学的メカニズムとして「筋損傷」と「筋タンパク合成(MPS)」の役割を再検討しました。
主な知見:
- 初期の筋肥大(1〜3週)は浮腫による膨張であり、「真の筋肥大」ではない。
- 筋損傷が強いと、MPSは修復に使われ、筋肥大には寄与しにくい。
- 筋損傷を伴わないトレーニングでも筋肥大は起こる。
- 真の筋肥大は18回以上のRTセッション後に顕在化。
- 筋肥大には筋群数よりも、筋群ごとの刺激の質と回復が重要
この知見は、「筋群数よりも、筋群ごとの刺激の質と回復が重要」であることを示しており、過度な同時刺激(複数筋群)による回復不足が筋肥大を妨げる可能性を示唆します。
統合的考察:筋群数とトレーニング構成の最適化
これらの研究を統合すると、以下のような指針が導かれます。
単一筋群トレーニングの利点
- 局所的な刺激を最大化できる。
- 筋肥大・筋力向上ともに有利。
- 回復管理がしやすい。
- 筋損傷の影響を局所に限定できる。
複数筋群トレーニングの利点
- 時間効率が高い。
- 全身のバランスを重視した構成が可能。
- 初心者や一般トレーニーには導入しやすい。
トレーニング目的別の推奨構成
| 目的 | 推奨構成 |
| 特定部位の筋肥大 | 単一筋群トレーニング |
| 時間効率重視 | 複数筋群トレーニング |
| 筋力向上 | 高負荷・単一筋群中心 |
| 初心者導入 | 複数筋群・中負荷・多関節種目中心 |
| 上級者の部位別強化 | 単一筋群・高ボリューム |
実践への応用:指導者・トレーナーへの提言
トレーニング構成の設計ポイント
- 目的に応じた筋群数の選択
- 筋肥大を最大化したい場合:1セッション1筋群に集中し、ボリュームと強度を最大化。
- 時間効率を重視する場合:多関節種目を中心に複数筋群を同時に鍛える構成が有効。
- 週あたりのボリューム管理
- 各筋群に対して最低4セット/週以上を確保。
- 単一筋群構成では1回のセッションで十分なボリュームを確保しやすい。
- 複数筋群構成では、各筋群への刺激が分散されるため、週内での補完が必要。
- 回復と筋損傷の管理
- 筋損傷は筋肥大の前提条件ではない。むしろ、過剰な損傷はMPSを修復に浪費させる。
- 特に初心者や高頻度トレーニングを行う場合は、筋群数を絞り、回復を優先する構成が望ましい。
- トレーニング期間と評価タイミング
- 真の筋肥大は18回以上のRTセッション後に顕在化する。
- 評価は「週数」ではなく「セッション数」で行うべき。
- 初期のCSA増加は浮腫の可能性があるため、過信しない。
結論:筋群数の選択は目的と状況に応じて最適化すべき
「同日内に複数の筋群を鍛えるべきか、それとも1筋群に集中すべきか?」という問いに対して、科学的な答えは「目的・経験・時間・回復能力に応じて最適化すべき」であるということです。
- 筋肥大を最大化したい場合:単一筋群構成が有利。局所的な刺激を最大化でき、筋損傷や回復も管理しやすい。
- 時間効率を重視する場合:複数筋群構成が有効。多関節種目を活用し、週あたりのボリュームを分散して確保する。
- 初心者や一般トレーニー:複数筋群構成でフォーム習得と全身のバランスを重視。過度な筋損傷を避ける。
- 上級者や競技者:部位別強化を目的とする場合は、単一筋群構成で高ボリューム・高強度を設計。
最も重要なのは、筋群数そのものではなく、各筋群に対して適切な刺激量と回復時間を確保できるかどうかです。トレーニング構成は手段であり、目的に応じて柔軟に設計されるべきです。
参考文献
- Flayyih, et al. : Comparative analysis of single vs. two-muscle training programs on upper body muscle growth (2025)
- Iversen, et al. : No Time to Lift? Designing Time-Efficient Training Programs for Strength and Hypertrophy (2021)
- Damas, et al. : The development of skeletal muscle hypertrophy through resistance training: the role of muscle damage and muscle protein synthesis(2017)







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